今日の我が家 
2010年7月5日(月)晴れのち曇り 28℃/18℃
ぜったい梅雨?

北海道に梅雨は無いって言うけれど、函館山は毎日雲に隠れ、蒸し暑いジメジメした日々が続いている。

夫の在宅介護を始めて6/16で丸15年が過ぎ16年目に入ったのだが、5月に末から体中のあちこちに、始めは背中から銭形の湿疹が出始め、次第に範囲が広がって発赤し、気温が上がるのも重なって夜になると38度前後の熱が続き、皮膚科の往診を受けることになりました。
真菌が原因だと診断され、塗り薬と内服薬が処方されて、2週間に一度の往診で、発赤が治まり皮が剥けていたところも、ずいぶん良くなってきました。どこから真菌に感染したのか、よく分りませんが、訪問入浴のときかな・・・・・?

母は、今年5月の介護認定の更新で、要介護1から要介護2と認定され、徐々に認知症も進み、排泄の間に合わない事が増え、デイサービスでも汚してズボンをお借りし来ることが、あったりするようになりました。
5月末に、家族も加わって担当者会議を行う事になり、ケアマネージャー・デイケアー施設の担当者・呼吸器科の看護婦さんと私の4人で我が家で母の今後のケアー計画についての話し合いをしました。
以前から、デイサービスで母がどのように過ごしているのか、気になっていたので正直に自宅での母の様子を話し、デイサービスでも2・3分後には前にやってた事を忘れるようになっている事・排尿がやはり間に合わなくなっている事も話してもらい、今後時間を見てトイレへ誘導してもらえる事になり、自宅では今迄通り、身の回りの事全般に見守りや手助けをしながら、今後の介護を続ける事などを話しました。

私自身は3月と5月の内診・血液検査も問題は無く、元気に過ごしていますが、母と夫の介護に追われ、さらに犬・猫にお仕えする日々に、歳を感じずにはいられません・・・。

2010年2月15日(月)曇り 0℃/−7℃
日々修行?

今年は新年から母に振り回されそうな予感がしていましたが、やはり思ったとおり・・・。

暮れに咬まれた傷の治りが悪く、毎日傷の消毒をしてすっかり治るまで1ヶ月近くかかりました。
手の怪我が治ったと思った矢先、今月一日の朝、デイサービスに行かせるので起しに部屋へ行くと
、青白い顔をしていて、目眩がして吐気がすると言うので、デイサービスは休む事にして
寝せておきました。熱は無く、血圧も特に異常もなかっのですが、2・3度吐き目眩も治まらないので、翌日主治医に診てもらい、点滴を受け、吐気は治まりましたが、軽い目眩と食欲がずっと無く、毎日少しでも食べられる物をと工夫し、考えるのも大変です・・・。1週間で体重が2キロ減り、また病院へ連れて行き血液検査を受けましたが、異常はなく、予約して今日の朝胃カメラ検査もしていもらいましたが、特に問題はありませんでした。結局原因は分かりませんが、目眩はほとんど治まり、食事も少しずつは食べてくれています。
が、3日前の金曜日の夜、部屋に置いてあるポータブルトイレで排尿した後、よろめいて手すりに左わき肋骨をぶつけ、翌日土曜日にレントゲンを撮ってもらいましたが、骨が薄っすらとしか写らず、骨折はしていなかったものの、打撲にしてもひびが入っていても1ヶ月くらいは痛みが続きますと整形外科の医師に言われ、固定ベルトをされて帰ってきました。
慢性喘息なので咳をしたり、動くと余計痛いようで、かわいそうです。
 と、まあ〜次々といろんな事が起こります。

夫は幸い、体温の上下や咽るなどの波はあるものの、肺炎や風邪にかかる事もなく、安定してくれています。今日は午後から保健所から保健婦さんと理学療法士さんが3カ月ぶりに来て、身体状況のチェックをしていきました。明日は、先生の往診が来る予定。

私自身は、1/20過ぎに風邪で声が全く出なくなり、電話にもインターホンにも出られず、困りました。卵巣がんの手術から1年たち、1/25のCT検査や血液検査も異常はなく、又、3月に受診検査の予定です。

2010年1月1日(金)
新年早々

新年が明けましたが、昨夜からの強風と大雪がすっかり積もっていました。

朝、母を起こしに部屋へ行くと左手に巻かれていたはずの包帯がテーブルの上に丸めて置かれていました。まだ傷がくっついておらず、腫れも引いていないので、入浴時もビーニール袋を被せ、水に付けないようにさせているのに・・・・・

 {この怪我をしたのは年末の30日、私が近所に買い物に行って帰った時のこと、犬のチャッピーが私を迎えに出ようとした際、母が側に来たのが許せず(母を自分より下だと思っている為、今までも母は何度か咬まれているのだが)、左手を咬んでしまったのが原因で、今回は傷が深く押さえて止血しても血が止まらず、年末でほとんどの病院が休みの中、車で30分以上離れた外科医院まで妹の旦那が休みに入っていたので、妹に付き添って連れて行ってもらい、全部で十数針縫うこととなり、さらに化膿止めの点滴と消毒も、その日から3日間受ける事になって通院している最中なのです}
母は何故けがしたのか、忘れてしまって包帯が煩わしく外してしまう様なのですが、何度も怪我の説明をして、包帯を取らないように言い聞かせなければならず・・・イライラ(でもそこで怒ると母が落ち込んでしまうので我慢・・・)

 正月早々ストレス溜まりそ〜   夫が今日は落着いている(顔を見ている時が一番ホットする)

2009年12月16日(水)雪のち晴れ
積雪40センチ

一昨日から降り始めた雪が40センチも積もって、いっきに白銀の世界になり、2日続けての雪かきで終わった後はグッタリでした。

先月18日夫のチューブ交換に掛り付けの病院へ行って来たが、15年お世話になった病院の主治医(現在5人目)が引き抜きで、勤務先が変わられる事になり、腸ろうのチューブ交換の出来る医師がいなくなることから、夫も主治医の行かれる病院にお世話になる事が決まり、月に一度の往診とチューブ交換の為の外来受診に医師会病院までいくことになりました。

2ヵ月ぶり11/30、私自身の婦人科の検査受診は異常なしで、また2ヶ月後に受診予定です。

2009年11月10日(火曜日) 曇りのち雨
過信

ずいぶん久々の更新になり、新規一転リニューアルしました。

昨年11月以来の更新で、実はこの1年の間、予想もしていなかった事がありました。

プロフィールに載せましたが、夫の介護ををしてきた私が何と、早期でしたが、卵巣がんで5時間もの手術を受けたことです。

事の始まりは、昨年秋口からトイレがやたら近く、夫の通院の際ついでに尿検査を受けても、膀胱炎でもなく異常は無かったので、気に掛けないようにしていました。

そんな折、12月の20日を過ぎたころ、明け方激しい腹痛に襲われましたが、朝目が覚めた時にはすっかり治まっていました。
それで気にせずにいたのですが、その後、下腹部(膀胱の上あたり)に、膨満感と硬い物が手に触れるようになり、それが日を追うごとに大きくなっていました。
 私は13年前に子宮筋腫で子宮全摘と右の卵巣も摘出していたので、婦人科は関係ないのでは・・・と思いながらも1月14日に市立病院へ行き、受付で相談し、とりあえず婦人科を受診、エコーですぐに、左の卵巣が12cmx11cmに腫れていますと、Drから言われてしまいました。
 通常そら豆位の大きさの卵巣がそんなに大きく腫れるとは思っていなかった私は、「卵巣がそんなに大きくなるんですか・・・」と驚いてし質問すると「大きい物は子供の頭位になることもありますよ・・・」との答えでした。
「ただ今回のように急に大きくなる物は、悪性の疑いがあります」と言われ、さらにびっくり!!
 でも不思議に恐さは無く、「悪性でも良性でも切らなければならないって事ですね。最初から切る覚悟で来てるので・・・」と、その日の午後から、MRIと血液検査を受け、転移を調べる為のCT(造影剤)検査を1/19に予約して帰りました.。

1/19はCT検査の後、Drから前回の血液検査で腫瘍マーカーの数値が上がっていて、悪性の疑いが強いとのことで手術は早い方が良いという事になり、旭川医大から悪性腫瘍の専門医が来る1/29に手術を決め、術前の検査(血液・心電図・肺機能・X線など)を全て済ませ、手術の前日に入院することにして、手術内容の説明も受け同意書にサインもしてしまいました。

1/29手術の当日は、午後1時から手術が始まり、午後6時に終わりました。
手術は全身麻酔と硬膜外麻酔をし、左の卵巣を摘出し病理検査の結果悪性で、引き続きリンパ節と大網膜を切除しました。
術後は3日目の朝まで硬膜外カテーテルから麻酔薬が入っていたので、痛みはずいぶんらくでしたが、薬が切れ抜いてからは、痛みどめは服用してしているものの、深夜薬が切れると、痛みで目が覚め冷や汗が出て、自然にうめき声が出てしまい、結局毎晩座薬を挿さなければね眠れない日々が術後1か月程続きました。

摘出された患部の病理組織検査の結果が出たのは、術後5日目の午後で、夕方Drから
「早期の卵巣癌1aでした。ただ山口さんの場合混合型で
  1.漿液性腺癌  ○
  2.粘液性腺癌  ×           ○は抗癌剤が効果あるタイプ
  3.明細腺癌   ×            ×は抗癌剤の効果が出にくいタイプ 
  4.類内膜腺癌  ○
 の4種類のうち1・2・3が混じったタイプです。」と言われました。
「それで医師3人で治療方針を検討した結果、2つのオプションを考えました。
  1)抗癌剤治療3コース
  2)経過観察1ヶ月ごと  と提案され、
 私は、今現在転移が無いのなら2)を選択して退院したいと、2月7日を目途に退院を決めました。
 (腹部から取り出された摘出物の重さは980gあったそうです。傷は恥骨の上からおへそを左へ回 避しながら胃のあたりまで26cmありました。)

退院後、2/23にCTと血液検査の結果、
    転移は無く、腫瘍マーカーは術前のCA125が680→143に下がっていて、1ヶ月目としては順調に回復していて、その後も1ヶ月毎に診察と血液検査を受け、術後半年のCT検査でも転移は無く、2ヵ月に一度の通院になり、前回9/28のCA125も5.1に数値も下がって安定しています。
しかし、卵巣癌は2年以内の転移が一番多く、その後も定期的に受診し続けなければならず、病院とは長い付き合いになりそうです。次回は今月30日に受診の予定です。

入院していた4人部屋で、私を含めて3人が卵巣癌でした。私より2日前にに手術を受けた51才のTさんは、入院時すでに左首のリンパが腫れ声も出にくくなっており、腹部のリンパ節や全身に転移していて、手術自体も1時間半程度で終わり、卵巣だけ切除し、他の部分には手をつけなかったそうです。
初診当所から余命3カ月から1年と診断されていましたが、彼女は負けずにX腺照射と抗癌剤治療を受け頑張っていましたが、10/3に亡くなりました。
 もう一人の先輩患者Mさん64才は一昨年秋に卵巣癌を切除しましたが、その後大腸に転移して、昨年手術し、抗癌剤治療5コース目で入院していたのですが、今回から薬が変わって副作用がひどく、嘔吐や下痢で見ているのも辛い程でした。それでも彼女は希望を捨てず治療を続けていますが、すでに全身に広がっているのです。

 私のように、症状が出て早期に見つかるのは稀で、Dr達にも「大変ラッキーでしたね・・・」と言われた程、早期発見が難しいのが現実です。二人とも更年期になってから2・3度出血があったものの、すぐに治まってしまい、診察には行かなかったそうです。そういう私も腫れてなかったら、受診していなかったと思います。痛んだりする事もないので、つい後回しにしてしまいがちですが、早めに診察を受ける事が大切だと実感しました。

在宅介護していた夫は、掛かりつけの病院に、私の入院の前日から術後21日目まで預かって入院させてもらい、認知症のある母を一人自宅へは置けないため、妹が泊まりこんでくれ、夫の病院にも通って、毎日の状態を知らせてくれていました。

現在も夫は、体温が1日の内に36.5度〜38.0度位の間で変化はあるものの、体調自体は安定しています。母は、認知症は少しづつ進んでいるものの、週2回はデイサービスに行き、私は日々介護と家事に追われながらも、犬と猫に癒され依然と変わらぬ時間をすごしています。

人生とは何時何が起こるか分らないものですね、自分自身を過信していた事を実感しました。
そして、平凡な日常を、今過ごせる事に幸せを感じています。
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